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登山やカメラなどなど

【カメラ】約6年前のカメラ「SIGMA sd Quattro H」を購入してました


またカメラを買っていました。
(※この記事は更新終了した別ブログの記事を加筆修正ののちに転載しています)




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またカメラを買った。

はてなブログから離れている間にカメラを買っていました。
「SIGMA sd Quattro H」です。

www.sigma-global.com



またか、市川…って感じなわけですがその前に。
実はここ数年写真に対してちょいとモヤっていたことがいくつかありました。
先にお話しすると、
一つが「レタッチした写真はどこまでが写真と呼べるのか」という点、
も一つが「カメラ便利すぎじゃね?」の二点です。


まぁ結局のところどちらも自分自身で答え、といいますか、
許容できる範囲やルール決めて運用するだけの話ではあるんですが…。
ただその範囲決めをきちんとできるまでというのはあれやこれやと考えちゃうものです。


そんな折、ひょんなことからこのカメラを手に入れることが出来る機会が舞い込みまして、
(前評判聞くにもしかしたらこのカメラ使ってみればもやもや晴れるかもしれないぞ?)
と考えた結果買ってしまったというのが今回の経緯です。


だからと言ってカメラ買わんでも…という感じもあるんですが、
以前よりFoveonセンサ自体にも興味があったんですよね。


まぁこんな感じでFoveonセンサ搭載のSIGMA sd Quattro Hを購入しました。
この記事自体、以前のブログに掲載した記事を修正し転載していたり、
またYoutubeでも話したりしています。
それ故、またこの話か…と思われてる方もいるかもですが、
ブログ出戻りしてきた経緯ある故、再び書いておきます。





Youtubeもやっとります

www.youtube.com

実はYoutubeもやってます。
登山の様子やらカメラの話やらいろいろやっとりますので、
もしよかったらこちらにも遊びに来てくださいませ。



ここ数年モヤってたことについて

そもそも購入のきっかけとなった写真に対するモヤモヤについて書いてみます。

①撮影よりもレタッチの方に重き置きすぎじゃない?問題


一つはレタッチについて。


昨今の技術進化はすんごいもんで、
画像編集やレタッチも実に様々なことが出来るようになりました。
明るさや色の調整はもちろんのこと、
さらにはあるものをないようにみせたり、逆になかったものをあるように見せたり、
はたまた昼間の写真を夜にしてさらに天の川を浮かべたり…などなど。


この数年間写真を撮ってきて気が付いたのですが、
私はリアルといいますか、
「自分が見たものやらきれいだなと思ったものや景色をそのまま切り取ったような写真」が好きみたいです。
登山の写真もそこにいた時の空気感や雰囲気が残せているような写真を気にいって印刷したりしています。
こういった写真ってなかなか撮れないし、
やはり再現するとなるとどうしても現像→レタッチの行程というのは必要にはなってしまいます。


で、このレタッチなんですが、
いざ作業してみると撮影時間よりも大幅に時間かけてるんですよね。
となると、果たして「撮影」と「後工程」どちらがメインなんだろう?と思ってしまうわけです。
もちろん写真は一瞬の切り抜きではあるので、
レタッチと時間のかけ具合を比較するのは違うといえば違うかなとは思うんですが…。
なんといいますか写真に対する姿勢がちょっと変わってきちゃってるのかなと。


もちろん「写真を撮る」と言ってるわけなので、
撮影段階を重要視すべきなんだろうと思うわけですが、
それに反して実際に時間を多く使っているのはレタッチ行程の方。
RAWでさえ撮っとけば後から何とかなるから別にここで追い込まなくていいや、
なんて思うこともあったりしました。
特に登山行程中だと時間的にもそうせざるを得ない時が出てしまいます。


このまま進んでいくとどんどん後工程にばかり頼り、
またそれを重視していってしまい、最後には撮ることはどうでもよくなってしまうかもしれません。
AIに写真出してもらってそれを現像しこれが俺の写真だ、みたいな。


…まぁこれは極端な話なわけで、
もはや撮らなくても写真ってのはさすがにぶっ飛んではいますが、
でもそれが現実の場所、それもあまりにもリアルだった時に我々はどう思うのか。
過程わからず見えてるのは結果だけ、
この状態で判断しなけばならなかったらそれを写真と呼んでしまうかもしれません。
となると写真って何だろう?と考えてしまうわけなのです。
まぁかなりぶっ飛んだり考えすぎな話ではあるんですけどね。
「撮る」ってなんだろ?なんて考えちゃったんですよね。



②カメラ便利になりすぎて自分で撮ったと言えるのか問題

で、もう一つが撮影のほう。
便利ですよね、便利なんですが…少々便利になりすぎな気がします。
最近はホントカメラも頭良くなってきてまして、
私の持つα7RVは対応する被写体を選択さえすれば、
自動的にそれを判別してピント合わせはもちろん追従までしてくれちゃいます。
便利ですよね。


ただ、便利なのはいいんですが、
あまり任せてしまうとまぁこれどうなんだろうとなるわけです。
便利機能使えば楽に簡単に、
AF認識を活用したりさらにISOもオートで絞り優先とかってしたらもうほとんどやることはなくなります。
ファインダー覗いて絵を決めてシャッター押すだけ、便利ですよね。


便利なんですけど…
じゃあこの状態で撮れた写真を自分が撮ったんだよ!
と、胸を張って言えるのかなと考えてしまったりします。
よく言う「カメラで撮ってるわけではなくカメラにに撮らされてる」んじゃないかしら、なんて。
そんな面倒なこと言うなら無理くりマニュアルで使えよって話ですが。


なんというか、細菌のカメラって手にしているのは「カメラ」ではなく、
「風景をデジタルデータに変換するコンピュータ」といいますか。
もうカメラ要素は側と基本的メカニズムのみになっちゃってるような感じがします。
なんというか撮ってても思い入れが少ないというか、
以前はもっと写真撮ってるって感じだった気がするんですよね。
フィルムはともかく少なくともデジタル一眼レフ時代とは明らかに写真撮影体験が薄まってる気がします。


これがお仕事であれば便利になるのは大いによい、
私も仕事が楽に便利になるのであれば大歓迎なのですが、
いかんせん趣味としてやってるとなるとあまり便利すぎちゃうのもつまらないわけです。


贅沢な話かもしれませんが、
やはり趣味などはある程度自分で考えたり頭悩ませたりしないとだめなわけです。
何故ならばその悩んだり苦労したり工夫したりする行程も楽しみの一つです。
便利な機能が一般的になってきた故にそういった趣味として楽しめる部分も消えてしまってきてるのかなぁ、
…とこんな風に思ったりしてしまいます。


もちろんメーカーさんも技術乗っけないと、
他社さま比較されたときに、
「お前のとこのこの製品には他社にあるあの機能ががないから買わない」
とかってユーザーに言われちゃうわけなので、
いろんな機能を入れざるを得ないのかもなので大変だとは思うんですが…
その機能、みんながみんな本当に必要なのかいって感じです。
特に動画機能とか…そんなみんな動画撮るの?って思っちゃいます。
逆に写真に特化した機種とか出したほうが注目されそうな気がしますが。
だってみんな写真撮りたいからカメラ買ってるんじゃないの?


そんなこんなで昨今の進化の方向というのは、
私が求めてるものとちょっと違うような気がするというような、
まぁそんな違和感を感じておりました。




で、カメラを買った。

そんなこんなであれやこれやと考えていたら写真ってなんだ?
今の状況は自分で撮ってるって言えるのか?
…などととまぁ深く考えていたら少々わからなくなってしまいました。
このままもやもやズルズルいってしまうと、
いつまで経っても自分が撮りたいものなんて撮れないかもしれないし、
万が一撮れたとしても果たして胸を張って自分が撮ったといえるのかもわかりません。
そんな時に舞い込んできたのがこのsd Quattro Hでした。


言い方悪いのですが、なかなかに不便で苦労多いであろうカメラ。
ただ逆に言うと今のカメラにはないものを持っているカメラのように思います。
いや今のカメラが持っているものを持っていない、のが正しいかもですが。


さておき、カメラに任せてたら全然うまく撮れないしデカいし重い、んだけど、
逆に言えばこの不便さがあるからこそ写真を撮ることと向き合える気がします。
そしてFoveonセンサ、噂通りであればレタッチ行程も短縮できるはず。
そんな期待から購入を決めました。


このカメラが私の悩みやら写真の楽しさを再び思い出させてくれるかも?
とまぁそんなことを思いながら購入したのが今年3月の話。
あれから約2か月間ほど使用してみましたが、買ってよかったです。
ただし癖やら苦労は想像以上でしたが…。
あとFoveonセンサの描写や質感表現リアルと言えど、
やはり現像やレタッチは必要だなと思いました。


体験や感じたことなど改めてこのブログでも紹介していきます。
ひとまずSIGMA sd Quattro Hを購入した言い訳のお話でした。

なお文中、あくまでも私が思ったことであって別段レタッチ等を否定しているわけではまったくありません。
逆にデジタルで撮って出しってのもこれまたカメラ任せな気もするよね。
みんながそれぞれ考えた中で思った通りにやられるのが一番です。