
終わらない。
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約17TB、約10年分の過去データを整理した話
昔の写真を整理していました

雑記。
この一か月、過去に撮影した写真データ整理を行っていたのですがようやく完了しました。
今までPC内のHDDやNASに避難させていたデータを改めて整理、そのうえでHDDに移行させた後、PCからHDDを取り外しそのまま保管するというのが今回の作業です。
対象のデータはSONY機及びそれ以前のデータです。
今の感じだと、今後これらを使用することはもうなさそうです。まだまだ先の話にはなりますが、次の展示についてもこれらのデータは出番なし。
Sigma機メインの最近はこれらのドライブへアクセスする機会もほとんどなくなりました。この状態でPCと接続しててもHDDの寿命を縮めるだけですからね。
またNASスペースについてもsd Quattro H等のデータを優先させたく空きスペースを作りたかったのです。データを保管しつつも作業スペースを改めてクリーンかつ分かりやすくすることで今後の作業効率を高めようって魂胆です。
当初はとりあえずやるかー的な感じで始めたのですが、これがまぁ時間かかることかかること…。
時間を見つけてはデータ整理・移行を繰り返していたのですがそれでもすぐには終わらず、結局一か月ほどかかってしまいました。
そんなわけでデータ整理しつつふと高画素機を使ってきて思ったことや感じたことを書いてみます。
過去写真のデータ量について

気になるデータ量についてはこんな感じ。
明らかに不要なブログ用写真などは削除したものの、それでも結局約17TB程度となりました。この5枚のHDDにSigma機を除いた今までの写真がすべて入っています。
HDD容量を小刻みにしてるのは万一ドライブが死んでもすべてのデータが消えないようにです。一本化すれば楽ですがリスクも大きい。
期間でいうと2015年から2024年くらいまで。ちょうどブログ始めたころからの写真から入ってます。
その間、機材も色々変わり、OM-D E-M5 mk2から始まりNikon D810・D850、α7R4・R5、その間にサブ運用としてRX100M5Aやらα7C、α7S3などなど。こんな感じに様々な機種での撮影データにて構成されとります。
特にOM以降は比較的高画素機を使うようになったこともありデータ量が増えました。この17TBの殆どがα7R4・R5当たりのデータとなってます。
ちなみに私、動画もやっておるわけなのですが、動画ファイルは別にあります。これも過去のものは保管してあり、大体同じくらいの容量となってます。
高画素機は「買って終わり」にならない

そんなわけで割と高画素機ばかりを使ってきたわけなのですが…振り返るとやはり高画素機はお金はかかりますね。
お金がかかるという言い方よりも、結局のところ「買って終わり」になりづらい機材なのかなと思います。
本体の値段も高い。さらによく言われるところだと、撮影データ量も大きいため相応の保管環境が必要になりますし、現像に関しても、快適に扱おうとするとある程度のスペックを持つ環境が欲しくなります。
これらは高画素にもれなくセットで付いてくる苦労です。
それだけお金をかけて手に入れた機材だからこそ、「ちゃんとこの性能を受け取れているのだろうか?」というのが段々気になってきます。

正直な話、写真自体はぱっと見そこまで大きく変わらないことも多いです。
無論、撮れるサイズや解像度が違うのでサイズやら拡大したときなんてのは違いが出る、またクロップして使った時の画質やらの話は別にはなりますが、それ以外の場合にて引いた状態を見た時にはどうでしょうか?
このブログに載せてるサイズ、スマホに転送して表示している時のサイズ、SNSに掲載のサイズ、これらで瞬時に違いがわかるのか?
特に最近の機種はどれも綺麗に撮れるわけで、よほど方向性が違うセンサでもない限り、ぱっと見で劇的に変わることって実際そこまで多くはないはずです。
無論、プリントや大きなサイズで出力できる場面では話が変わりますが、それらの機会がない場合がほとんどかと思います。
とはいえ、高いお金を払って高画素機を買った自分としてはどこかで「大差ない」と納得したくないのです。
(もっと良いレンズなら違うのではないか?)
(現像環境を変えればもう少し見えるのではないか?)
(保存時の圧縮や表示環境でも変わるのではないか?)

そんな具合に少しずつ違いを探し始める。
結局、自分がここまでお金を払って選んだものに対して、「確かに意味はあった」と思える何かが欲しくなるんだと思います。
もちろん全部が全部間違いではないですし、実際環境を整えることで見えてくる部分も確かにあります。
ただ、高画素機って性能だけではなく、そういう気持ちごと含めて沼なんだろうなとは思います。
結局のところ、そういう環境まで手を出したくなる人が最後まで残るジャンルなのかもしれません。
結局、最後に残るのは機材じゃない

色々書きましたが、とはいえ私としては「カメラは結局、自分が好きなものを使うのが一番なんじゃないか」と考えています。
そう考えてなきゃ今この時代にsdQHをメインで使ってないです。
私自身、色々な機材を使ってきましたが結局のところ写真は機材以上に撮る側の影響の方が大きいと感じることがほとんどでした。
そして今こうして色々考えられているのも、やはり自分の好きな機材を実際に使ってきたからだと思います。

風景や今撮影している山での撮影等の場合、最新機能が絶対必要かと言われるとそんなこともありませんでした。
まぁ私が使いこなせなかっただけかもしれませんが、今の私の撮影にはAFすら不要に思っています。
機能・性能以上に、むしろ「どう撮るか?」「なぜ撮るか?」の方が遥かに重要だと感じています。
最新機能というのは、一部のプロフェッショナルや、それを必要とする被写体を撮影する人にとっては非常に大きな恩恵があります。
ただ、それが全員に当てはまるかと言われると、言わずもがなこれはまた別な話なわけです。

昔のデータを整理していると、その時々で使っていた機材や撮っていたもの、考えていたことまで色々思い出します。
結局、後から見返した時に残るのは機材性能だけではないんですよね。
高画素機だろうが古い機材だろうが、その時自分が「撮りたい」と思って残した写真にはちゃんと意味がある。
だからこそ機材選びも、周囲に合わせるのではなく、自分が納得できるものを使うのが一番なんだろうなとは思います。
……まぁ、そう言いつつも、もし今後気になる機材が出たら色々悩むんでしょうけどね。

